なごテツ世話人&ファンのつぶやき

「なごテツ」の世話人およびファン倶楽部のメンバーによる個人的なつぶやきブログ。なお、ここに書かれているのはあくまでも個人の意見で、「なごテツ」の意見ではありません。

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『山椒魚』の結末

井伏鱒二の『山椒魚』、国語の教科書にも載っている有名な短篇小説ですが、自選全集収録にあたって当初の結末部分が削除されたことでも話題になった作品です。

簡単にあらすじを紹介すると、以下のようになります。

ねぐらである岩屋から肥大化して出られなくなった山椒魚は、外を自由に泳ぎ回る生き物に悪態をつきながら、次第に孤独感を深めていきます。悟ることもできず、心が歪んでいく中、ある日岩屋に迷い込んできた蛙を閉じ込めてしまいます。毎日口論を繰り返しながら、逃げ出せないまま徐々に弱っていった蛙は、最後に「今でも別にお前のことをおこってはゐないんだ」と呟きます。

最終稿となった自選全集では、最後のこの蛙と山椒魚の和解(?)の部分が丸々削除され、

二個の鉱物は、再び二個の生物に変化した。
けれど彼等は、今年の夏はお互い黙り込んで、
そしてお互いに自分の嘆息が相手に聞こえないように注意してゐたのである。

で終わっています。

作者は和解の場面を削除することによってその後の行方を読者に委ねたという説もありますが、私には削除前の二匹の最後の会話が和解には見えませんでした。

「今でも怒っていない」と言った蛙は、最初から怒っていなかったのでしょうか。そこに赦しはあるのでしょうか。
一見緊迫した状態に見える削除後のラストよりも、削除前の方が「怖さ」を感じてしまいます。

私は井伏鱒二という作家があまり好きではありませんが、この『山椒魚』という短篇は、頭でっかちの知識人を揶揄した寓話という教科書的解釈以外に、様々な読み方が可能な作品だと思います。最後の蛙の科白を自分で書いていいとしたら、何と書くでしょう?

山椒魚は悲しんだ。」で始まるこの作品、いくつか有名な文があります。その中でもしばしば引用される山椒魚の科白、

「ああ寒いほど独りぽっちだ」

ちょっと呟いてみたくなりませんか。

(福)