なごテツ世話人&ファンのつぶやき

「なごテツ」の世話人およびファン倶楽部のメンバーによる個人的なつぶやきブログ。なお、ここに書かれているのはあくまでも個人の意見で、「なごテツ」の意見ではありません。

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金城少尉の補陀落渡海

戦争末期の山口県、第12軍管区日本海軍基地。
「金城少尉、回天で出撃しま~す! あっ、やっぱり死ぬのが怖いから止めときま~す!」
「はっはっはっはっは」
バシッ!! バシッ!!
金城少尉をからかう者らの顔を通りがかった上官が思いっきり殴りつけた。
「貴様ら! 金城少尉はそんな腰抜けではない! 金城を馬鹿にすることは帝国海軍を侮辱することであるっ!」
「財前少佐。いいんです。確かにわたしの先祖の金光坊は補陀落渡海の途中で命が惜しくなり船から逃げ出しました」
「金城少尉、お前が金光坊の血を引いているからといって、引け目を感じることは無い」
「いえ、死を賭して民衆を感化すべき任のある僧でありながら、生きて船から逃げ出るなど言語道断。自分は一族の不名誉を雪ぐためにも、必ず回天で出撃し敵艦を沈めて参ります。たとえ沈めること能わずとも、私の死に続く者があれば幸甚であります」金城少尉は敬礼をしながら上官の返答を待った。
「よし、分かった。今月10日、敵艦隊が大津島近海を通過する。恐らく回天部隊は最後の出陣となろう。大丈夫か?」
「自分の出撃で敵艦隊の本土攻撃が1日でも遅れるなら、両親が1日でも長く生きて下さるのなら、それは本望であります」
「ふむ、気が変わったら遠慮せずに言え」
「はい! 大丈夫であります。今日にでも出撃したいのを我慢しているぐらいであります」

1週間後、午前2:34。回天の搭乗ハッチを閉めると金城少尉は敵駆逐艦サンタモニカに目標を定め、母艦の潜水艦伊37号を勢いよく離れて行った。
「帝国軍人として、戦死できる。これ以上の幸せはない。そして一族の汚名も雪ぐこともできる。父上、母上。今までの御恩は忘れません。私が死ぬことで、1日でも長く御両親が生きて下さるのなら」金城少尉は呟くと、身動きの取れない操縦室で一瞬だけ目を閉じた。
「よし、前方一二二〇速度三五ノット、あと20秒で敵艦に突っ込む」
「…………5,4、3、2、1………………」
「しまった! 逸れたかっ?!」
「…………しかし、ここで自爆すると残りの回天を全部発射し終えていない母艦伊37号の位置が敵艦に悟られてしまう…………このまま自分の回天は海底に沈めよう」
死を目前にして、逃げ出すなどという不純な想いは少しもない(人間として尤もなことをしたとも言える金光坊のことを思い浮かべることもなく)。
迷いのない手で下部ハッチを開くと、狭い操縦室内は忽ち海水で満たされていく。

回天は海底に沈み、誰にも悟られることなくその動きを静かに止めた。少尉の肺も海水で満たされ、想像を絶する苦痛は意識を失わせ、最終的にその生命活動を止めた。

5日後の1945年8月15日。日本はポツダム宣言を受諾し敗戦を迎えた。

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