なごテツ世話人&ファンのつぶやき

「なごテツ」の世話人およびファン倶楽部のメンバーによる個人的なつぶやきブログ。なお、ここに書かれているのはあくまでも個人の意見で、「なごテツ」の意見ではありません。

欠片って何だろう?(えほん哲学カフェ「ぼくを探しに」より)

先日のおなごテツは、えほん「ぼくを探しに」の動画を事前に見ての対話だった。そこで私は改めて「欠片」とは何だろうと思った。読者のみなさんもぜひ考えてみてほしい。

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おなごテツ参加前に掲載された拙記事「完全性への憧れ」では、倉橋由美子の翻訳による絵本を読み終えた後、本体の視点で欠片を見つめ、「欠片=自分の欠点(劣等感)」をどう扱うか、として解釈した内容だった。それは、自己成長する中で劣等感を埋めるような他者と一時的に親しくなったとしても、最終的には欠点に対する自己認識を変え、自己充足するのが個人の幸せにつながるのではないかという問いかけも含んでいた。

倉橋由美子翻訳の絵本には、訳者によるこんな“あとがき”がある。

私たちの人生は自分の足りない何かを求めてどこまでもころがっていくという物語とはかなり様子の違ったものである。そういうことをある時期に卒業して大人になるのが普通の人間なので、「ない」という観念を持ちつつづけることが生きることのすべてであるような人間は、芸術家であったりダメな人間であったりして、とにかく特殊な人間に限られる。
(中略)
もっともこの話はシルヴァスタインが考えているmissing pieceとはあまり関係がなさそうなので、こちらの絵本はどんな話を想像して読もうと自由である。例えば、これは理想の女性と結婚したが、やはり一人でいるのがよくなった男の話であってもよい。

今回のおなごテツでは、絵本の中にはない動画の絵から、本体と欠片の涙の意味を考えた。絵本の絵を見ると、本体は、ある欠片をしっかりくわえすぎて壊してしまい、泣いているように見える。一方で、本体にぴったり合う別の欠片を見つけた後、ある時何を思ったのか、自分から欠片を優しく離して置いて、どこかへ行ってしまう。その場面の動画では、本体から優しく離された欠片は、置いて行かれて泣いているのだ。絵本と動画の両方を知った私には、「欠片」に対して違った印象が芽生えた。

おなごテツで私の印象に強く残ったのは、この本体と欠片の関係性で、「自分は本体、相手は欠片とみなすことがそもそも不遜で、失礼な話ではないか。お互い欠片同士なのだから」という意見だった。「本体」として自分のことを認識し、「欠片」として相手を見ていても、相手の立場から見れば、自分こそが相手にとっては「欠片」になるということなのだろう。

つまり、自分は相手の良い欠片になれたかな?と思って、相手に感謝したり、お互いに良い影響を与え合ったりすることが大事なのではないか。そういう認識こそが、対等で良好な関係性を生むのではないか。

では、その欠片が象徴するものは、一体何なのだろうか? 自分への影響力やエネルギーを与えてくれる存在、才能を開花させてくれるインパクトを与えてくれるようなものだろうか?

おなごテツではそこで時間切れとなり、私は何とも言えないモヤモヤを持ち帰った。あの置いていかれて泣いていた欠片は、あれからどうなったのかも気になった。

そこで、私はおなごテツ終了後、欠片のその後の物語を創ってみた。

本体に置いて行かれて泣いていた欠片は、実は形が変わることに気がついた。本体みたいにまぁるくもなれるし、欠片のままでもいられる。
自分が柔らかい素材でできていて良かったと思った。
上手く転がれない時は、乗り物に乗ればいいことにも気がついた。

動くのに疲れて止まっていたら、蝶がやってきて話しかけてくれた。

「もしよかったら、あっちに一緒に行ってみない?いろんな欠片がいて、乗り物を運転してくれる欠片もいるの。座席にもいろんなタイプがあるし、あなたが運転席に座ってもいいの。ボタンがたくさんあるから、みんなで協力して、その乗り物を動かすのよ」

蝶に案内されて欠片が行くと、会ったこともない欠片達がそこにいた。
形が変わっているだけで、以前会ったことがあるような気がする欠片もいた。
どんな乗り物に乗るかキョロキョロ見ていると、

“どうもこの座席が自分には合うのではないか”

と思った乗り物があった。
そして、偶然居合わせた欠片達とその乗り物に乗ることになった。

さぁ、これからみんなで出発だ!

こうして考えてみると、欠片同士が集まるのも悪くないように思えてくる。この場合、欠片が象徴するものは「小さき者たち」だろうか。レオ・レオニの絵本「スイミー」のように、何かをしようとした時、お互いの協力は生まれ、一人ではなし得ない大きなこともできる。いろんな欠片と出逢う楽しみもあるだろう。

みなさんなら、「欠片」からどんな解釈や意味を見出すのだろうか?

(てんとうむし)