なごテツ世話人&ファンのつぶやき

「なごテツ」の世話人およびファン倶楽部のメンバーによる個人的なつぶやきブログ。なお、ここに書かれているのはあくまでも個人の意見で、「なごテツ」の意見ではありません。

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向き合うということ

誰かと一緒に混み合った美術展に行くと、作品以外のものを味わった気分になるのはなぜだろう。空いた美術展に一人で行き、時間の制限なく作品と向き合った時に、その答えがわかった気がした。

誰かと一緒に行く混雑した美術展は、作品以外の情報が多く目や耳に入る。時間も制限される。その体験は「美術展を含んだ環境を人と共有した時間」と言うべきなのだろう。結果、作品と一対一の対話をした実感は限りなく薄まる。そして人には、一人で時間や周囲を気にせず向き合いたい作品というのが、一つや二つはあると思うのだ(向き合う習慣がない、あえて向き合わない方達もいるとは思うが)。

その反面、一人で一作家の多くの作品と一度に向き合うということは、楽なことではないとも感じている。作品の性格にもよるが、人が命懸けで生み出した作品に、喜びだけでなく苦しみ悲しみが織り込まれていたら、長い時間直視できるものではないと思うからだ。複数の作品との対話は一対一というより、一対♾のようにも思える。体力も必要になる。年齢とともに、体質に合わない作品や、重い作品には無理に向き合わなくなってきている気がする。なんだか人づきあいに似ている。

これはきっと、美術展にかぎらないのだと思う。対象に一人でじっくり向き合うことと、気のおけない人とその環境ごと一緒に楽しむこと。音楽、舞台、映画、買い物、旅、食事、哲学。私のなかの向き合い比率も分野によって、いつも揺らいでいると言えそうだ。

(MK)