なごテツ世話人&ファンのつぶやき

「なごテツ」の世話人およびファン倶楽部のメンバーによる個人的なつぶやきブログ。なお、ここに書かれているのはあくまでも個人の意見で、「なごテツ」の意見ではありません。

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話が短い?

先日、とある哲学対話の終了後フリータイムでお互いの印象を語り合っていたのですが、私の印象として「話が短い」という声がありました(賛辞でも批判でもありません)。そこはじっくり話す(言葉が足りないと他の人が問い直さなければならない)場だったので、説明不足にならないよう意識していたつもりだったのですが、いつもの癖というのは中々抜けないものです。

どうして短くなるのか、その原因を(一般論として)他の方と考えてみたのですが、個人的にしっくりくるものには辿り着けませんでした。強いて言えば、長く話すと話者自身が気持ち悪いのではという説が一番自分の感覚に近いように思います。聞く側だと大丈夫なのですが、話す側になると落ち着かなくなるのです。なぜ気持ち悪いのか、これはもうわかりません。

また、他の参加者の方とお話していて気づいたのは、自分の考えや想いが伝わらないことに対して悶々とした経験をお持ちの方が多いのに、私は伝わらないことに対する煩悶が弱いということです。仕事などの(家庭内でも)情報伝達においてはもちろん必要な情報がきちんと伝わったかどうか確認しますが。

後日他の場で、話が短くなる原因について聞いてみました。そこで出されたのが、聞き手に対して何が親切と考えるかが違うのではという説。言葉を尽くして説明することが親切と考えれば長くなり、相手の時間を奪わないことが親切と考えれば短くなる。これも一理あります。
また、第一声が短かったとしても、それに対して質問する側の問いが良ければ長く話せるのでは(問う側の問題)という視点も面白かったです。

一言で聞く側と言っても様々なので、何が親切なのかはわかりませんが、その場の性質に応じて、話の長さ(言葉の選び方)を調整する能力は必要になりそうです。そして、長いまたは短い話し手に対して、どう問いを重ねていくかを考える力も。

もう一つ気になるのは、話す時と書く時の違いです。私はLINE等の文章はむしろ長いのです(自分でオジサン(オバサン)構文かと突っ込みたくなるくらい)。その違いは時間の問題だけなのか(読み手も書き手も好きなときに読み書きできる等)、使う言葉を分けているせいなのか、他に何があるのか知りたくなって、6月に<「話す」ことと「書く」こと>というテーマを設定してみました。皆さんのご意見を楽しみにしています。
なごテツには<さんぷん>ルールがありますので、長めの方はお気を付けください…。

(福)