なごテツ世話人&ファンのつぶやき

「なごテツ」の世話人およびファン倶楽部のメンバーによる個人的なつぶやきブログ。なお、ここに書かれているのはあくまでも個人の意見で、「なごテツ」の意見ではありません。

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『ゾミア』--垂直の空間分類--

※この画像は、本文の内容を基に、ChatGPTのDALL・E3というプラグインを使って生成しました。

先日、あるところで『ゾミア』という本を紹介されたので図書館で手に取ってみました(高くて買えません……)。
興味深い内容なので、監訳者の言葉を紹介します。

この空間 (筆者注:ベトナム中央高原からインドの東北部にかけて広がる、標高を基準にした垂直の空間) には、その標高に応じてリスやアカ、カレンといった多種多様な山地民が生活してきたが、彼らの多くは文字をもたないことや定住農業を営まないために、しばしば「原始的」のレッテルを貼られて、平地の文明から立ち遅れた存在として扱われることが多かった。しかし、本書でJ.スコットは、山の民が文字もたないこと、焼畑移動耕作を営むことなど、かつての「野蛮さ」の象徴は、実は平地国家による徴税や徴兵をかわす見事な戦略になっていると主張した。彼らの生活は平地文明と表裏一体をなしながら独自の進化をとげてきたというのである。狩猟採集民が地中に根菜類を植えて主食とするのも、地表の穀物は収奪の対象になりやすいからだ。国家をかわすだけではない。山の民は、必要に応じて平地国家と交易関係を結び、国家との間に適度な距離を調節してきた。

レヴィ=ストロース以来、西洋の自民族中心主義を批判し、これまで未開と考えられていた地にも高度な文明があることを示す研究は枚挙に暇がないと言えますが、この『ゾミア』の面白さは、まず平面ではなく標高で切り取っていること、そして、その地域の文化や思想を分析して構造の複雑さを示すだけでなく、強かで狡知な戦略として捉え、国家の在り方に切り込んでいるところではないかと思います。まだ本文を読んでいないのでちゃんと理解しているわけではないのですが。

近代から現代に入り、西洋vs東洋、主観vs客観、観念vs実在など、様々な二元論が疑われ、破壊されてきました。単純な二元論では捉えられないと主張することは簡単で、その先に何を示し、何を構築するか、現代思想はその試行錯誤に満ちています。どれが後世に影響を与え、残っていくのか、同時代に生きる私達にはわかりませんが、ワクワクする思考に巡り合えるのは単純に楽しいことだと思います。

ここまで書いて気づいたのですが、なごテツブログに私が書いているのはほとんど本の話ばかりで...。
他の方々の投稿が途絶えて間が空くと何か書かないとと思うのですが、地味な生活をしているため実生活では目ぼしいトピックがありません。
実体験でも、本(動画)の紹介でも、哲学カフェの感想でも構いません。皆様のご投稿お待ちしております。

(福)