TVを見ていたら、一般の人の日常が紹介されていた。その人は九十歳で、多くの趣味を楽しんでいて、毎日体操をし、食べることが好きで健康そうだった。番組の出演者たちは口々に「とても九十歳に見えませんよね」「若々しく見えて良いですね」と言っていた。なんだか違和感を感じた。
九十歳に見えないから良いとはどういうことだろう。九十歳らしさって何だろう。加齢が悪いことのように言われるのは何故だろうかと思った。運動をしたり趣味を楽しんだり、元気な九十歳は多くいると思う。年齢のイメージは、何をモデルにして、どうやって作られるのだろう。
加齢が悪く思われるのは、長く生きた分、これから生きられる時間が短くなることが、マイナスイメージに受け取られてしまうからなのかもしれない。けれどその分、多くのことを経験している。経験は感受性を高めて、感受性は人生を豊かにするのではないだろうかと思う。感受性が高くなるから、いろいろ興味が広がり多くの趣味を楽しめるのだと思う。
TVに出ていた九十歳の人は、好きな色の服を着て歩き、好きなものを食べて「私はこれが好きだからしょうがない」と言っていた。
高齢になると感性を大切にして、将来のことはあまり考えず、少しずつ自分中心的になっていくのかもしれない。それを「我がまま」だとか「悪いことだ」とか思う人もいるかもしれない。
世間が年齢のイメージを当てはめたがる理由は、個性を許さないためかもしれない。でも過ごしてきた人生の時間の積み重ねに同じものは無く、世間が思い込む表面的なイメージに当てはまらないのは当然と思う。
年齢のイメージを基準にすることは楽で、効率的に人を判断するために都合が良いのかもしれない。効率化や将来の計画とか目標達成が良いとか言われる世の中で「そういうところから離れていく人は幸福じゃないはず」という考え方も、高齢のイメージを悪いものにしてしまっているような気もした。
一括りせずに人それぞれ違うということを認められる世の中になるといいのに、とTVを観ながら思った。
(T)