なごテツ世話人&ファンのつぶやき

「なごテツ」の世話人およびファン倶楽部のメンバーによる個人的なつぶやきブログ。なお、ここに書かれているのはあくまでも個人の意見で、「なごテツ」の意見ではありません。

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優しさの梅ジュース

暑くて仕方がない夏の日々に飲み頃になる梅ジュース。梅のクエン酸効果もあって、1日の疲れを癒すこの梅ジュースには、高校時代の夏休みに忘れられない思い出がある。

夏休みのある日、友達が、同じ部活の先輩のうちに音楽の練習へ行こうと誘ってくれた。

友達とバンドを組んでいた頃、私は毎年夏休み明けの学校祭で有志バンド出演をしていた。友人はプロのミュージシャンを目指していたが、私はそうではなかった。しかも我が家には「近所迷惑だから、21時以降は音を出してはいけない」というルールがあった。我が家の厳しい家庭事情と音楽活動以外の時間のやりくりの大変さをよく理解していた友達は、音楽活動への気持ちも汲みつつ、いつもとは違う練習場所と時間を提案してくれたのだ。

私たちは、同じ部活に所属していた先輩のお宅へお邪魔することにした。ご両親が趣味で音楽活動をしている関係で、先輩のご自宅にはスタジオがあり、夜中まで練習しても良いとのことだった。先輩は受験勉強で忙しい夏休みだったが、私たちは先輩のご家庭に甘えて遠慮なく長時間練習させてもらい、冷やし中華まで作って頂いた。深夜に練習を終えた私たちは、疲れ果てて先輩の部屋で寝た。

翌日、先輩のお宅を後にする際にしっかりとお礼を言って帰宅すると、母は厳しく叱責した。

「そんなにお世話になったのに、あなたは何も持たずに行ったの?!」

母は私にいくばくかの現金を渡し、「これで何か買って、そのお宅のご両親に改めてお礼のご挨拶へ行きなさい」と言った。

母には自分の交友関係を率直に話していたため、お世話になるご家庭に母が電話をすることもあった。友達のお宅へ宿泊するようなことがあれば、手土産を持たせて電話でお礼を伝えるなど、親同士が繋がっていることも多かった。ところが、この先輩宅は親同士の面識どころか電話をすることもなく、お互いの家をよく行き来するその友達に私が誘われるがまま、突然お世話になった経緯があった。親の立場としては、恐らく申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだろう。

道すがら手土産を購入し、何の約束もせずに突然先輩宅を訪れると、玄関先に出てきた先輩の母親は驚いた様子だった。事情を説明し、どうか手土産を受け取ってくれるよう懇願すると、先輩の母親は、「こんなことは、してはいけないよ」と言った。

一瞬、私はどうしたらいいのかわからなくなり、言葉に詰まって立ち尽くした。

あちらを立てれば、こちらが立たない。

まさにそんな状況で、先輩宅の母親にとっては、娘の仲良くしている後輩達に冷やし中華を作って出したことも、深夜まで自宅のスタジオを練習に使わせたことも、たいしたことではなかった。私の母が考える程には、大きなことではなかったのだ。

私がしばらく玄関先で困惑していると、先輩の母親は手土産をさりげなく受け取り、「ちょっと待っててね」と家の奥へ引っ込んだ。そして、カランと氷の音がする冷えたグラスを私に手渡し、

「梅ジュースよ。暑かったでしょ。飲んでいってね」と言った。

それが手土産に対するお礼だったのだろう。

梅ジュースは先輩宅の自家製で、甘く、酸っぱく、五臓六腑にじんわりと染み渡り、真夏の炎天下を汗だくで歩いてきた疲れを一気に拭い去るほど美味しかった。

当時の我が家は梅ジュースを作る余裕はなかったが、とても簡単にできるとわかって作るようになったのは、それからずいぶん後のことだ。

価値観や文化の違う家庭間の調整をするために動いたものの、結局は先輩宅の母親の優しい梅ジュースが救いとなった。今でも、「余計なことをしたかもなぁ」と苦々しく思うが、当時の母の気持ちや立場を考えると、未成年だったあの頃はどうしようもなかった気もする。

みなさんだったら、こういう違いをどういう立場で、どう調整しただろうか?

(てんとうむし)

※過去のリアルエッセイを基に、個人情報保護のため一部フィクションを入れています。