現代中国文学の父とも言われる魯迅は、『希望』(1925年発表)という作品の中でハンガリーの詩人ペテーフィの詩を引用し、次のように訳しています。
「絶望之為虚妄、正與希望相同」(絶望の虚妄なるはまさに希望と相同じい)
「絶望は虚妄だ。希望がそうであるように!」
と訳されています。
この文、「絶望」と「希望」の語順を入れ替えると全く印象が変わります。魯迅は絶望が虚妄と言うその先に光を見ていたと信じたいです。
同作では更に当時の状況について「真の暗夜さえない」と憂えています。
今日本に暮らす私達は、真の暗夜も、絶望も、希望も持っていないのかもしれません。
絶望的な世界情勢を前にして、暗夜の底をわかっていなくても、小さな声を上げる方がいいのではないかと思いつつこの文を書いています。
魯迅の『狂人日記』では、「狂人」である主人公が、人類の歴史は人が人を食ってきた歴史であり、自分も気が付かずにその肉を食べてきたのではと語っています。
そして、この作品は次の文で終わっています。
「まだ人を食ったことのない子供なら、あるいはいるかもしれない。
子供を救え……」
現在、世界中の人々が戦争のニュースに心を痛め、憤り、「No More War」と叫んでいます。このような叫びの行きつくところがこの一文なのではないでしょうか。
子供を救え。